ちむどんどんの下地響子にはモデルがいる?実在した宮古島の作曲家

ちむどんどん
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ちむどんどんで片桐はいりさん演じる音楽教師・下地響子先生。

初回の登場からインパクト抜群で話題になっていました。

歌をこよなく愛する比嘉家の末っ子・歌子に強引に歌の指導をすることになり、比嘉家にも大きな影響を与えそうです。

 

今回は、

・むどんどんの下地響子にはモデルがいる?

・実在した女性作曲家・金井喜久子とはどんな人?

・金井喜久子とジョン・カビラは親戚?

ちむどんどんの音楽教師・下地響子に期待の声

についてお伝えしていきます。

 

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むどんどんの下地響子にはモデルがいる?

むどんどんの音楽教師・下地響子にモデルがいるかどうかは正式には発表されていませんが、宮古島出身の女性作曲家・金井喜久子さんという方が近いのではないかとされています。

 

実在した女性作曲家・金井喜久子とはどんな人?

実在した女性作曲家・金井喜久子さんは1906年に沖縄・宮古島に生まれます。

 

金井喜久子さんの実家はっ宮古の土地に多い貢献をされた家で、父親は県会議員も務めてました。

幼少期から楽器に興味を示し、那覇の第一高等女学校を卒業後、日本音楽学校で声楽を学びます。

東京商大(現・一橋大)のトロンボーン奏者・金井儼四郎に結婚しまました。

結婚後、夫の勧めもあり東京芸大で作曲を学びました。

東京芸大の作曲科へは入学としては女性としては金井喜久子さんが初めてだったそうです。

当時の男尊女卑や沖縄民謡への偏見など厳しい環境化の中、金井喜久子さんは「沖縄民謡の普及」に沖縄民謡のメロディを取り入れ創作活動をされました。

数多くの作品発表をされながら、沖縄の平和や本土と同等の権利を求め、国会陳情を繰り返し、沖縄平和祈念資料館建設にも尽力されています。

 

金井喜久子さんは沖縄を思い沖縄民謡を愛し、沖縄のことば・ニライカナイ(海の向こうにある理想郷)を求め続けた宮古島出身の女性作曲家でした。

 

下地響子がちむどんどんの脚注に登場した時代設定は1971年なので、金井喜久子さんの年齢からからすると少し異なります。(金井喜久子さんは1971年65歳になる年です)

また、金井喜久子さんは音楽教師の経験はありません。

なので、下地響子のモデルが金井喜久子さんというわけではなさそうですが、戦後、音楽をこよなく愛した沖縄の女性というところでの下地響子と金井喜久子さんは共通する点がありますね。

下地響子は今のところ、比嘉家の末っ子・歌子を強引に指導する音楽教師という役どころまでしかわかっていません。

今後、下地響子の歩みについてももう少し詳しく語られることもあるかもしれませんので、注目していきたいですね。

 

 

金井喜久子とジョン・カビラは親戚?

金井喜久子さんの旧姓は川平です。

金井喜久子さんはちむどんどんで語りを務めるジョン・カビラさんとは親戚です。

金井喜久子さんの家は祖父の代に首里の伊江家から分家をし宮古の土地に大いなる貢献されました。

ジョン・カビラさんの父親・川平朝清さんは伊江御殿支流向氏伊江殿内の家系です。

通訳や音楽の分野で琉球王朝に仕えた川平家の末裔です。

 

ジョン・カビラさんは沖縄県那覇市出身ですが、沖縄本土復帰を機に家族と東京に転居されてました。

 

ちむどんどんの音楽教師・下地響子に期待の声

ちむどんどんに登場した片桐はいりさん演じる音楽教師・下地響子に世間から大きな期待が寄せられています。

 

同級生に話しかけられても、話すことすらままならない消極的な歌子を片桐はいり演じる音楽教師・下地響子がどんどん引っぱっていってくれるのでしょうか。

比嘉家にも大きな影響を与えそうですね。

 

 

まとめ

ちむどんどんに登場した片桐はいりさん演じる音楽教師・下地響子。

共通点のある宮古島出身でジョン・カビラさんの親戚でもある金井喜久子さんについて調べてみました。

『ちむどんどん』での脚注での下地響子の動きにも注目です!!

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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※本ページの情報は2022年5月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。

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