海賊キャプテン・キッドが財宝を隠したと言い伝えがある鹿児島県トカラ列島の宝島。
キャプテン・キッドは財宝を最寄りの島に隠す習癖があったそうで、北アメリカの大西洋岸の複数の場所でそれらしいものが見つかっています。
でも…
キャプテン・キッドの財宝が日本の宝島という名の島に隠されているなんて…
信じがたい言い伝えですよね。
今回は、
についてお伝えします。
キャプテン・キッドがトカラ列島「宝島」に財宝を隠したと言われるのはなぜ?
キャプテン・キッドがトカラ列島「宝島」に財宝を隠したと言われている理由は・・・
キャプテン・キッドの書いた「宝島」の地図と地形的特徴が酷似
トカラ列島「宝島」の地形的特徴はキャプテン・キッドが描いたとされる「宝島」の地図とよく似ていたのです。
- 南北に連なる山
- 東側に発達した珊瑚礁とその内陸の砂丘
- ヤシの群生
キャプテンキッド直筆の宝島の地図 pic.twitter.com/5lktzVx679
— ドンファン (@foxshun) November 19, 2017
昭和11年にメリカの雑誌 「MODERN MECHANIX」に、キャプテンキッドが描いたとされる「宝島」の地図が掲載されました。
そして、昭和12年に外務省に差出人:米国探偵家秘密情報員、「日本・東京・日本領事館」という宛名書きの手紙が届いたのです。
怪しい手紙の中身は、
「海賊キャプテン・キッドが1700年ごろに描き残した地図は、日本の南西諸島のどこかの島と思われる。
ここには、1億ドル以上の金貨・宝石類が隠されているので、日本政府で探されたらいかが。
もし成功したら応分の謝礼をいただく」
といいうものでした。
外務省は取り合わなかったのですが、雑誌に掲載された地図を手に入れた新聞記者がこれを嗅ぎつけ記事にし、当時大きな話題になったそうです。
トカラ列島「宝島」に残された記録
トカラ列島「宝島」にはある記録が残っています。
それは、
- 元禄11年のころに外国の海賊がやって来て、洞窟に逃げ込んだ島民を焼き殺し、その洞窟に住み着いていた。
- しかし、あるときに財宝を残したまま島をあとにした。
というものです。
元禄11年は1698年でキャプテン・キッドが捕まる前の年です。
この記録と照らし合わせてもキャプテン・キッドの財宝伝説と一致するのです。
このような理由からトカラ列島「宝島」は財宝伝説が残されていると言い伝えられています。
キャプテン・キッドはトカラ列島「宝島」のどこに財宝を隠した?
キャプテン・キッドは気になる財宝をトカラ列島「宝島」のどこ隠したのでしょう。
色々な情報があるものの残念ながらわかっていません。
キャプテン・キッドの地図によると、
「宝のある場所は、死の谷と名付けられる窪地、活火山から噴出する有毒ガスが常によどんでいる」
とされています。
実際に、この場所は特定されておらず、島の南部という情報や島の東側という情報もありました。
以前、24時間テレビの番組で調査が行われました。
この時は島の南部に場所で発掘調査がされてましたが、残念ながら成果はありませんでした。
また、鍾乳洞(観音洞)とも言われています。
瑚礁が隆起してできたトカラ列島「宝島」にはたくさんの鍾乳洞があるため、キャプテン・キッドも隠す場所が多いこの島を気に入ったかもしれませんね。
なかでも「観音洞」と呼ばれる鍾乳洞は深さが400~500m程あり、島内最大です。
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まとめ
海賊キャプテン・クックの財宝伝説が残されているトカラ列島「宝島」について調べてみました。
トカラ列島「宝島」だけでなく沖縄の「大神島」という説もあるようですが、どちらの場所でも財宝は見つかっていません。
財宝が眠っている島なんてロマンがありますが、大がかりな調査が行われる日はくるのでしょうか。
今後の調査にも期待したいところです。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。